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時に笑い、時に苦しみ、時に涙する。すべてはグランドへ。 ソフトボールを通して成長していく小学生とその保護者、スタッフの物語。
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たまたまNHKをみてたら、日米の野球少年たちがイチローへ質問をぶつけ、それに答えるという番組があった。
 
25分くらいの短い番組だったが、あらためてイチローのすごさが伝わってきた。
 
すごいことを簡単に、しかもクールにやってしまう。
天才の一言では片付けられない。
 
その天才をつくっているもの。
高度な科学トレーニングとか特別なことをやっているわけではない。
それは、鍛錬を一日もかかさない勤勉さと妥協を許さない信念だと思った。
一日も欠かさず同じ鍛錬を続けることは容易ではない。
 
なにかを成し遂げようとすると犠牲にしなくてはいけないものがある。
たのしいこと、楽な方へいきたがるのが人間。
家族ができれば、家族との時間も大切になってくる。
その誘惑やしがらみがあっても、毎日の鍛錬は欠かさない。
 
テレビではおどけた面も見せるようになってきたが、やるときはやる男。
目が真剣になるとき。まさにサムライだ。
 
今年のWBC決勝戦。
不調でことごとくチャンスをつぶしてきたが、最後に最高のチャンスがめぐってきた。
この場面で彼以外はない。そんな星のもとに生まれた彼のすごさ。
運命の神様に導かれたその打席に誰もが固唾を呑んだ。
ダルビッシュで追いつかれた延長戦でセンターにタイムリーを放ったとき。
日本中が歓喜につつまれた。
そのときも一見クールに見えた。ガッツポーズをするでもなく、肘あてをはずし、たんたんとする。
だが、後で聞くと、あのときにベンチを見てしまうと涙が出てしまう。それがわかっていたから歓喜に沸くベンチをみなかったとある番組でみた。
強い自制心。
揺るがない自制心。
その内面には、闘志、信念が燃えたぎっている。
 
どうやったら彼のような人間になれるのか?
彼のような人間を育てられるのか?
それはわからないが、イチローという人間を生きることは並大抵ではないということだけはわかる。
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一般的にプロのホームランの打球の速さが約180キロといわれている。
それから判断して、小学生のヒット性の打球は大体80から100キロ前後くらいだろう。
結構な速さである。
わがチームのクリーンナップを見れば、サードなんか怖くて守れないくらいの速さになる。
その速さに対応するには、判断力とそれを体に伝えて動くスタートの良さ、そして絶対捕るんだという度胸が求められる。
 
打球への反応という意味での、即応性はどれが一番いいのか?
ネットでいろいろ見ていて(根拠のブログは忘れてしまった)、なるほどと思ったこと。
それは、「静から動へ」ではなく、「動から動へ」。
この方が、即応性があると私は納得した。
 
極端な話。同じ距離をただ前に走るだけする。
一方は、構えて止まったところからのスタート。もう一方は、走り幅跳びの助走からのスタート。前者は、0ゼロからの加速で、後者は、動いているので0ゼロからの加速ではない。どちらが、早いかは明らかだ。
 
でる方向を間違えさえしなければ(間違えればマイナスの負荷がかかって、止まっているスタートよりも遅くなる)、動から動、助走した方が早い。
 
そのブログには、全盛期の元巨人の二岡の動画があった。
投球のモーションにあわせて、ワン、右、ツー左と小刻みにステップを刻む。
打った瞬間、打球方向に反応し、右左のワンツーで捕球体勢をとり、スリーで捕球、フォーでスローイング。
リズムのいい捕球とスローイング。それを支えているのは、打つ前の準備。ワンツーのステップ。
二岡は、守備に入るとき、ピッチャーがモーションに入るたびに上体を低くし、ワンツーの小刻みなステップを刻む。
それが全盛期の彼の守備範囲の広さを保つ秘訣だった、というのがそのブログの説で夜中にひとり納得したものだった。
 
ワンツーと小刻みに少し前にでること。
それは数年前からスポ少で実践させてみるが、いいことがいくつかある。
まず、事前に右左と踏んでいるので、自然と右左の捕球体勢がとれること。ワンツー(体勢)スリー(捕球)フォー(スロー)の流れにのれるのだ。
それと、前にでることで覚悟ができるというか度胸がつく。びびって尻込みする暇がない。打球を下がってとること(=一塁から遠ざかる)が減る。
また、投手のモーションに合わせるために、そこから集中しなくてはならない。逆に言えば、そこまではリラックスしていいだ。そこまでは、どんな構えだっていい。そこから、神経を研ぎ澄ませばいいのだ。結果、守備にメリハリがでる。
最後に、投手のモーションに合わせるということは打者の時も使える。タイミングの取りかたの練習にもなる。
 
今、これを実践している選手は康平だ。
彼は自分で、これをやっているといっていた。まだまだ雑で荒いが、守備の上手さ、打球の反応はご覧のとおり。積極果敢な攻撃的なセカンドになってくれている。
ここでも待ちの守備ではなく、攻めの守備。
 
私のいっていることがいいとは限らない。
合わない子もいるだろう。違うなと思ったら、そのときは採用しなくてもいい。
ただ、それをわかって実践して自分のものにしていくという姿勢が大事。
あとはその応用だ。
 
今がだめだと思ったら、意識して変えていかなければ何も変わらない。
さっき説明して、元気よく「ハイ。」と返事をしたそばから、違うことをやっているやつをみるとがっかりするが、そこは一回一回、一球一球、相手がわかるまで繰り替えすことがわれわれの仕事。
 
賽の河原に石を積んでいくがごとくの毎日である。
ぎりぎりのボールを横っ飛びでファインプレー。
まぁ確かにこれもかっこいい。
だが、本当にかっこいいのは、ちょっと玄人好みだが
あっ、危ない打たれたと思っても、楽にとってしまう選手。

かと思えば、ああ大丈夫だなと思っても、やっとやっといっぱい、いっぱいで捕る選手もいる。

どちらも結果は同じアウトだが、まかりに与える安心感、信頼感ではぜんぜん違う。

ボールに追いつくことは、足の速さなど先天的なものが作用する場合もある。
だがそれだけではない。
風、コース、打者の力、右左などいろんな状況から判断、つまりポジショニングが上手いことも大きな要件だ。その判断は、後天的なもので、経験や努力でカバーできる。
足に自信がなくても、先読み的な判断とスタートの早さでカバーできるのだ。

慣れてくればコースによって、飛ぶ方向は大体判断できるようになる。
しっかりとらえた打球こそ、それはいえる。なぜなら、その方向に打たなければ、しっかり捉えられないから。
外人並みの馬鹿力で、強引にひっぱったりすることは例外として。

センターをやっているとそれはよくわかる。
大まかにいえば、右打者の場合、インコースは引っ張って、アウトコースはライトに流す。

あとは応用だ。
打者の筋力や振りのくせ、ランナーの位置、アウトカウント、風などいろんな要素から判断する。
逆をつかれたり上手くいかない場合もあるだろうが、そんなときは、傷を最小限にとどめるための回り込みを駆使する。
ただ打たれるのを待つよりは、積極的な「攻める守備」。

これがわかってくるようになると、さらに外野のおもしろさは増す。

ノックのとき、フリーバッティングのとき、この状況ならば、どこにいったか?
左、中距離打者、風はアゲインスト、コースはインハイなど、1回1回自分で数多く検証すること。
これが打球の方向、距離を予測する経験値になる。
それを意識して実際に試していくことで、血となり肉となる。
ただボーっとして無策で練習をやらないこと。
何も考えずにやっていいのは、本当の天才だけ。
もっともその天才も99%は努力でつくられているという。

分度器の1度。たった1度でも、その延長線を長くしていけばいくほど差が広がる。
われわれはもう後戻りはできない。
未来ある君たちに、託すだけだ。

高い意識をもって、毎日少しずつ積み重ねていくこと。
早く気づくか、遅く気づくかで、その差は天と地ほどになる。

後悔のない未来を!


スポ少でも応援にいった楽天イーグルスがクライマックスシリーズに進出する。
2位でシーズンを終われば、本拠地仙台でシリーズは開催される。

この前、応援にいったときもそうだが、仙台のファンは熱い!
本気だ。

オムツもとれない幼児にむかって、うるさくて試合に集中できない、私は野球を見に来てるんだと起こられてしまったことがあった。私はこのくらいは許される常識の範囲内だと思ったのだが・・・(本当にうるさかったらごめんなさい。)今度行くときは、応援団から遠い、外野の指定席にしようとひそかに思った。

新聞にもあったが、弱者を育てて強者に勝つ!
昔から日本人は判官びいき。
なんと日本人好みのフレーズなんだろう。

たいていは強いチームが勝つことが多い中で、大方の予想をいい方向に覆すことは、やっぱスカッとする。
野村監督はじめスタッフはよく選手を見極め、選手もよくそれに答えている。
そんなチームは弱者ではないのだ。
ここ一番で、結果をのこせる今の楽天は強い。実力以上を発揮し、格上を飲み込んでしまうことさえある。
仙台でやるときは、ぜひ応援にいきたいものだ。

わがチームは最後のここ一番で、どうなるか?

どこもそうだがいろんなチーム事情があって、万全で戦えるシーズンは本当に少ない。
今年の抜群の身体能力をもった6年生がこんだけそろう機会はもうないかもしれない。

だが、監督そして指導陣、選手もないものねだりはいってられない。
今ある戦力で最高の力を発揮するのみ。
そしてやるからには勝たねばならない。

勝たなくていいなんていうのはレクリエーションでやってくれ!

今週はグランドの都合でナイター練習もできない。土のうえで練習することなく、最終戦に望む。
いいイメージで試合に臨むこと。
悔いをのこさないように自分でできる最大限の準備をすること。

そして、俺たち大人を泣かせるプレーを見せてくれ!
めっきり寒くなった。季節の変わり目は風邪を引きやすいし、寒くなれば怪我をする確率もあたたかい時期より増す。

なによりも、残り少ない試合を風邪で休むなんてアホなことはやめてほしい。
レギュラー陣は、試合にでれないのは自分の責任として、自分がいないことでどんだけチームに迷惑をかけているかを知れ。
風邪だから仕方ないではすまされない。仕方ないでは片付けられないほどチームに負担をしいることになる。

とはいっても、なってしまったものは仕方がない。
きっちり静養して直すことだ。
無理をして試合にでてもらっても困る。
みんなが万全な調子で試合にのぞめるようにすること。
自分の体調を管理することも実力だということだ。

風呂から上がったら、裸でいないですぐに寒くない格好をする。
これだけでもかなり風邪をふせげると思う。私がそうだから。

最後の試合にむけてこの一週間は大事な週だ。陸上大会もある。
くれぐれも体調管理にはご注意を!
秋の陸上大会が近づいている。

話を聞いていると、いまの子供たちというか我がチームの6年生の身体能力の高さはたいしたものだ。
50メートルは7秒台が数人。ソフトボール投げは60メートル近く、高飛び135センチをこえるものもいるそうだ。
この前の水泳大会も上位入選者が相当いる。

そんなすごいやつがひとりいてもすごいのに、数人規模でいるということはたいしたものだ。

だがそんなにすごいやつがいても試合に勝てるかどうかは、別のものだ。
身体能力のあるやつがたくさんいるにこしたことはないが、そうでなくても勝てる。

野球は、足の速さだけでやるものでもないし、肩の強さだけでやるものでもない。
さらには、ひとりでやるスポーツではないからだ。

足がはやくてもアウトにはできるし、肩が強くても盗塁を成功させることはできる。その逆も可。

現にこれだけそろっていてもチームはこてんぱに負けるときもある。

下馬評どおりにはいかない、それが野球だ。

人より優れた身体能力、才能というやつは使い方をしらないといけない。
自チームでは、野球に活かせる使い方が発揮できるようにし、相手チームにはそれをさせない。
最後に一点でも多くとったチームが勝つのが野球。
快速、強肩をいかす打撃や守備をしってなきゃいけない。

そんなに速い選手もいなく、ずば抜けて遠くに飛ばす選手もいない。でも戦ってみると強いチームはある。
同様に足もそんなに速いわけでないのに、打つのがうまかったり、守備が上手かったりすれば足が速いだけの選手よりはチームに貢献できる選手になれる。

身体能力はあるにこしたことはない。
だが、どうやってもいきなり足は速くならないし、限界もある。
がんばれば速くなるなんていうのはうそだということに気づく。
本当にはやいやつにはかなわない。

自分の限界に気づくときがくる。
自分は、もたざるものだと。

足にしても肩にしても、もっているほうが少ない。もっていないほうが大部分を占める。
そこでどうするかだ。
もっているやつと同じ土俵で戦ってはいけない。
同じ土俵で戦ってはいけないといってもある程度までは必要だ。
そこまでは、がんばればある程度まではいける。そこまでの努力は惜しんではだめ。
その先がなかなかうまらない。追いつけない部分をどうするか?
(まぁやっかみでいえば、快足強肩なんてやつらは、たいてい何をやらせてもできるやつなんだが・・・)

自分の得意な土俵を探すしかない。
足の速さや肩の強さの関係しないところを磨くしかない。
捕球のうまさ、ミートのうまさ、バント、守備位置のポジショニング、打球の追い方、投手との駆け引きなど頭を使った考えるプレーの部分と、準備の部分、野球には身体能力をカバーできる分野がたくさんある。
もたざるものが勝てる土俵がある。

一点に秀でたものはそれをうまく使うことを考える。それはそれで大いなる武器だし、自信になるだろう。

ないものは、あるやつとは違う分野で「俺はこれだ!」と言い切れる武器をつくらないと、自分の居場所がなくなってしまう。

それがうまく融合し、きっちり発揮できること。そして相手にそれをさせないようにすること。
そうすれば格上といわれるチームをバンバン飲み込むことができる。
まぁそれはなかなかうまくいかないことが多いのだが・・・

社会とはそういうところ。
自分より優れた人はごまんといるし、その中でどうやって自分をアピールするか?どうやって自分の居場所をこじあけるか?自分のチームの存在を認めさせるか?
これならあいつに任せよう、あいつならやってくれる、あのチームjはやるなぁといってもらえる存在になること。

それが「俺にもできる、負けねぇぞ!」という自信になり、俺はこの場所でがんばるんだという生きる力になると私は思う。

やりなおしのきくゲームの世界とはちがう。
相手は生身の人間で、現実の世界。プレッシャーもリスクもゲームの比ではない。
だからこそ成功したときは、ものすごい自信になる。

ソフトボールをとおして、そういうことも知らずに学んでいる。

いやースポーツってほんといいもんだ。
ちょっと解釈が違うかもしれません。
違うなと思ったら、やめてください。

打撃の軸足について。

技術的な話になります。それもありますが思うところあって今日は長いです。


常々私は、打撃の軸は体幹すなわち鼻からあごの先端の延長線上だと思って指導なり、自分なりに実践してきました。

だけど、今日トイレのなかでミズノから発行している高校生用の2、3年前のパンフレットみたいなものを見ていると、考え方が変わりました。

ずばり、左から頭のすってんぺんを結ぶライン。これが軸足だと確信しました。

人体の構造上、私が思っていた軸が体幹だと、鼻からあごの延長戦は股関節で終わります。
打撃のフォームの最中、一番力が入るときは、ボールを捕らえるときになってなければなりません。
いいかえれば、バットが一番加速されたとき。

その時に、軸が体幹では、ちょうど私が軸だと思っていた股関節で折れた団子の串状態になります。

ここで、やじろべえを思い浮かべてください。
あの絶妙なバランスを保っているのはまっすぐな一本の軸。
まっすぐな一本の軸だからこそ安定していられるのです。

そのやじろべえのまっすぐの一本の軸理論からみると、今まで私が思っていた体幹が軸では股関節(ほんの少しですが、股関節と前の足の大腿部の幅に差があるから)で折れてしまう。=最大限に加速力すなわち遠心力を使えないことになります。

遠心力を最大に使えること。思い浮かべたのは、でんでんだいこ。
あの軸が曲がっていたらどうでしょう。
本来出るべきの振るパワーが出せないでしょう。

まっすぐな一本の軸。それを体現できるのは、頭のすってんぺんと踏み込む足
(注意!以下まだ考慮の余地あり。
踏み出した足は前にいこうとしますから、それをいかせないと踏ん張ると足の親指の付け根とかかと結ぶライン、いわゆる壁ができる一番地面に接する基礎のところ)のライン。(ボールを捕らえたその時、まっすぐになるのでひざは曲がっていない。捕らえた後は、まがってもいい。)
これ以外にないのです。
ここで捕らえられれば、一番飛ぶでしょう。そこで捕らえられればホームランポイント。
ボールの感触がなくなる一点だと思います。
上半身の使い方にもよりますが、その前後0.0何秒で捕らえられれば、そこがヒットゾーンになると思います。腕力、上半身の使い方うまければ、ホームランも可。

そこで、自分の振りをチェック。
ミズノのパンフの受け売りですがなるほどと思いしました。
捕手側の足(以下「後ろの足」)のかかとのすぐ後ろに空き缶をおきます。
それでスウィング。

さてどうなりました。空き缶は動きましたか?動きませんか?


一本軸理論からいえば、動かないのが正解、
動いた人は、まだ捕手側に軸が残っています。
でもどうでしょう、すべて踏み込む足以下「(前の足」)に体重がのっていいのでしょうか?
以前の私は、ボールをなるべくひきつけるために体幹の軸が前につっこまないように後ろ6、前4くらいで後ろに体重がのこっていていいと思っていました。

確かに前の足の全部のってれば、空き缶は動かないでしょう。
一本軸理論からすれば。軸が回って最大加速されたときはすべて前の足にのっているはすです。
右足でけることは、すでに終わっています。
この時点で、後ろ足に残っていれば、空き缶を蹴り上げてしまいます。
軸がまっすぐに一本ならば、最大限に加速されたとき、後ろ足の役目はすでに終わっています。
その状態ならば、自然と頭は踏み出した足よりも後傾になっているはずです。
後傾ならば、頭はつっこまず、ボールをひきつけて打つことができます。
地面と、前足のかかとと頭のすってんぺんを結ぶラインがつくる角度は、90度以下の鋭角になっているはずです。

一本の軸から繰り出される遠心力は、その人にとって最大の力を生むでしょう。
そのスウィングができれば、飛距離と打球の速さは格段に飛躍するはず。
きっちり捕らえた時のイチローはまさにこれ。
後ろ足にのこっていません。(上半身のちからのある外人や日本人でも根っからのスラッガーはのぞく。彼らは、後ろに残っていてもスタンドまでもっていけます。)
ひとり、トイレで納得しました。

やじろべえの安定性と、でんでんだいこの加速力。この二つはあい通じています。
理論だけでは、つかいものになりません。実用化してからこそ、つかえるものになる。
小学生の彼らに理論では通用しません。
実際にやって、「ああ、やっぱこっちのほうがいいや。」と体にしみこませなければ・・・。

これができれば、こつぶの山椒打線でも長打が見込めるかもしれません。
さて、これを実践させていくためにどんな練習メニューがいいか、悩みます。
よさげなのは、前足けんけん素振り、もしくは1.2.3と左足が1からの歩きながら反動をつけてのスウィング時にまったく前足一本にのってしまう素振り&ティー。それなんかがいいのかと思案しています。
こちら側からすれば、選手にどうしてほしいか?理論先行ではない、それをやることで自然に体で覚えさせる目的をもった練習をさせることが大事だと思います。小学生ですから。


それ(まっすぐ一本軸理論)を思って、鑑みるに今のチームでも実践できているやつは何人かいます。
無意識のうちにできているのか?わかってやっているのか?
思うに、そういう選手は打球をとらえた後の、前(捕らえた後の)のフォロースルーがきれいで大きい。
(イメージするならタイガーウッズのフォロースルーです。)
なぜなら、最大限に加速されたバットを効率よく振りぬくにはそうするしかないからです。

えらそうなことを言ってますが自分で実践できるかどうかは別です。
あくまで私なりの解釈です。




のこり少ない練習日程と試合数で伝えきれることは難しいかもしれません。
技術の進歩は日進月歩。もしかしたら、この理論も違うかも違うかもしれないし、合わない人もいるかもしれません。ただ、理論というのは、より多くの人への効率よい伝達の手段だとすれば、覚えておいて損はないはず。
合わなければ捨てていいのです。
この先、ただ一生懸命では、結果もでず、乗り越えられない壁もでてくるはず。
そん時は、立ち止まって考えることも必要。
押してだめなら引いてみろ、時にたちどまることもあっていい。
まっすぐ努力を伴って、貫ける人は本当の天才でしょう。
つまずいたときは、考えましょう、考えて、考えたうえでの一生懸命。
ソフトボール、野球、そのほかのスポーツでもいいんです。
それは必ず役に立つ。苦しい時を知っているからです。
スポーツのいいところはそこなんじゃないでしょうか?
今のイーグルスのメジャーチーム。苦しくていいんです。
監督はじめ、われわれスタッフ、保護者はそこをのりこえてくれることを信じています。だからこその厳しい叱咤激励。

壁は高いほうがいい。
乗り越えろ、いやぶち破れ!イーグルス!

本当に強いやつはやる必要もない。
ゲンをかつぐようになってはだめかもしれないが、わらをもつかむということもある。
ついゲンをかついでしまう。

優勝したならそのときはいてたパンツ、シャツ、タオル、その時買っていった飲み物、おにぎり。
そんなつまんないことでも気にしてしまう。

わかっている、わかっていますとも一番大事なのはそこまでの努力。
やることはやったという自信。

だが、はたしてそう思える選手、チームはどのくらいあるだろう。
ここまでやったから大丈夫という状態にはなかなかならないだろうし、もっともっとうまくなりたいと思うだろう。
上には上がいるもんだ。際限はない。

そんな心理が、すこしでも安心したいがためのゲンかつぎをさせる。
それで少しでも安心できるなら安いもんだ。

選手にもそれはあってもいい。
ストライクが入んないとき。3回屈伸をするとか、胸のマークをつかむとか、それをやるとストライクがはいるかもしれないというおまじない。
失敗したときのために、いっぱいあるといい。
それをやって少しでもいいプレー=いつもどおりのプレーができるように自己暗示をかけること。
あっぷあっぷの状態をやわらげることができるおまじないを2,3持とう。
バッターなら追い込まれたら、いったんはずして素振りをするとか、バットのヘッドをさわるとか、
とにかくこれをやれば、ひといきつけるというなにかを自分なりに持とう。

だけど一番いいのはやっぱチームメイトの顔をみること。
やばいときほど、俺のところへ打って来いといわんばかりのむき出しの闘志。
これほど自分を奮い立たせてくれるものはない。
やばいときは、ひとりでやばくなってるんじゃない。ナインが、ベンチが、応援してる保護者みんながやばい状態。
どうしよ、どうしよとあせる前に、周りをみろ。
そして冷静さをとりもどす。
あせっているやつがいたら、自分の闘志をわけてやれ。
自分があせってたら、仲間から元気をもらえ。
一生懸命やってもうまく転がらないこともまた勝負の世界。
人間だからミスもあるだろう。
だがミスにミスを重ねてはこの前の二本松北戦の二の舞。
致命傷になる前にだれがが食い止めねばならない。
それができるのは冷静なやつ。普段どおりのプレーをひとつのミスも許されないところできちんとやりぬく冷静さ。
仲間のミスをカバーできないようなチームではないはずだ。

泣いても笑っても最後の聖戦はすぐそこに。
やるなら今しかねぇ!

 

単純な話だ。
「高めに手をだすな。」
「ボールを振るな。」
 
やってはいけないことを注意するとき、このように声をかけるときがある。
皮肉なことに、結果高めに手を出して打ち上げたり、空振りしたりそのとおりの結果になることが多い。
 
「あーあ、だからいったじゃねぇか。」
「いってるそばから、なにやってんだ!」
とわれわれ指導陣は怒号を飛ばす。
 
なぜ、そんな結果になるのか?
 
答えは、単純だ。やってはいけないことを意識させすぎるからだ。
高めを打つなといわれて意識することは、
「高めを打たない、高めを打たない、高め、高め・・・」
頭の中で繰り返すだろう。
そんなときに、高めがくれば手が止まるどころか、逆に手をだしてしまう。
心理的に追い詰めてしまうことからことはおこる。
 
やってはいけないことを、意識させるとき。
そこで我々がやることはひとつ。
逆のやってほしいことを意識させればいい。
高めに手を出してほしくないときは、「ベルトの高さを振りぬけ!」とか、「肘から下は全部いけ!」とか「高め」ということと「・・・するな」ということを意識させない。
やってほしいことを、ねらってほしいボールを意識させるアドバイスをするように心がけている。
低学年では特にそれは言える。
「・・・するな。」「・・・はだめだぞ!」という否定の言葉よりも、まとをしぼって、わかりやすいアドバイス。
 
そうはいっても、勝負は時の運も左右するし、選手がその状況に対応できないこともある。
ただ、我々は少しでも効果的な援護射撃を送ってやりたいだけ。
 
もっともあのバッターボックスに立ったら、何も聞こえないくらい集中を研ぎ澄ますやつ、反対にアップアップでなにも聞こえない選手には無意味だが。

少しでも不安を解消して、狙いだまを絞った戦闘体制に入らせる。
的中したときは、我々も選手も保護者も壮快だ。

その壮快な快音をグランドに響かせろイーグルス。
この前の敗戦から学ぶことは多い。
だが、今後名誉挽回する機会は少ない。
やってよかったと最後に思えるか?否か?

現実はものすごく厳しい。

たしかにわれわれ指導陣は、いろいろなことを教える。
こうしたほうがいいとか、こうすればもっとよくなるとか、指導はする。
だが、最後に実践するのは選手本人だ。

打席に入ってまで彼らを助けることはできない。
守備についたとき、一球一球、守備位置や風の計算などのアドバイスもできない。

自分がいままでしてきたことと教わったことを総動員して事にあたらなければならない。
選手の努力が結果として上手くいくことを願うだけ。


努力は裏切らない。

誰かがいった言葉。それには補足が必要だ。
方向を間違った努力は無駄。
やみくもにやる努力ほど効率の悪いものはない。
われわれのアドバイスを鵜呑みにしてはいけない。
自分で消化することが大事。
なぜ、そういうふうにわれわれがいうのか、自分なりに理解する。
そこに自信、自分なりの誇りが生まれるだろう。

迷ってはいけない。
迷いをふっきるには、がむしゃらに進むしかない。
次の最後の大会。
この短い時間で、迷いを吹っ切れイーグルス。

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