時に笑い、時に苦しみ、時に涙する。すべてはグランドへ。
ソフトボールを通して成長していく小学生とその保護者、スタッフの物語。
田島夢カップで大敗を喫した高田イーグルス。
精神的な弱さを露呈し、自分たちの弱さを見つめ直すきっかけとなりました。
白獅子まで、わずか1週間。
しかし、人はやり直そうと思えば、遅いときなどないんです。
今この瞬間から、変わることができる。
白獅子に間に合わなくてもいいんです。
彼らが今の状況ではいけないと自覚し、変わろうとする覚悟が大事なんです。
星稜高校の山下監督の言葉。
心が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
プレー云々よりも、彼らの普段のココロノモチカタ、取り組み方を変えていくことで、彼らの行動、習慣、人格、運命を変えていきます。
なぜなら、それがプレーに表れるからです。
そして、この考え方は生き方に通じる。
たかがこどものスポ少ですが、今後の生き方に大きく関わってくるはずです。
これは、必ず役に立つ。
試合後のミーティングで、私たち指導者の全員がそう思ってくれたはずです。
子供たちに教えるとはいいますが、実はこういうところで、我々自身のことを見つめ直すきっかけをもらっているんです。
指導者も保護者も、私たち大人も子供たちから学んでいるんです。
子供たちに教える以上、私たち大人もそうであらねばならない。
当たり前のことです。
大人が行動で示し、模範となり、背中で語る。
私もなかなかできていません。
むしろ、駄目な見本の方が多いでしょう。
しかし、せめて大事なところ、人としての部分は、そうありたいと思っています。
100%の聖人君子なんていないし、そんなのクソ面白くもない。
七、八割、もっと言えば、六割くらいでいい、私はそんなスタンスです。
ともかく、大人は、特に親は、子供たちにとって、それが1番わかりやすい、身近なモデルなんです。
子供たちに変われと言っておいて、大人も変わらないなら、説得力に欠けて、絵に描いた餅となるでしょう。
大人が変われば、地域が変わります。
地域が変われば、町が変わる。
たかがスポ少ですが、スポ少ってすごいと思います。
この方針でいけば、いつか、会津の地から、公立高校から甲子園、いけるんじゃないかと密かに思っています。
あのセンバツに言った只見町の只見高校のように。
願わくば、夏の大会、強豪私立をぶち倒して、勝ち上がるところを見てみたい。
ソフトボールが、野球が、町と地域を変えていく。
いいじゃないですか!
まぁ、それは私個人の野望なので、置いておきます。
個人ではとうてい敵わない野望です。個人では。
さて、戻ります。
1回戦で早々に負けたので、二本柳に戻って練習することにしました。
その帰りの道すがら。
ココロノモチカタ、取り組み方を変える。
行動を変える。
子供たちに、どういうふうに言えば、あいさつやキビキビ行動することの大切さがわかるかを運転しながら考えました。
子供たちに教えるからには、シンプルで説得力がなければなりません。
なるほど、そういうことか!とひとりひとりの腑に落ちなければいけない。
頭で納得できないものは、結局のところ、入ってこない、身になりません。
「できる」ということは、なぜそうなるのか?そうせるのか?を頭で考えて解って、
そのうち、考えなくても即座に行動に移せて、
最後はそれを他人に説明できること、
究極には他人に解らせること、指導できること、そしてその「できる、わかる」の仲間を増やしていくこと、そういうことだと思っています。
なぜ、ゴロの捕球の際に右手をグラブの脇に添えるのか?
なぜ、ステップをとりながら捕球するのか?
なぜ、正面で捕るのか?
ゴロの捕球1つとっても、いろんな「なぜ」が出てきます。
その「なぜ」の理由、そうするのかという根拠を知らずに、動くのもいいでしょう。
まず、動け!動いている内に理解しろ!
これも時と場合によって、ありだと思います。
むしろ達人の域に達すれば、こちらなんでしょう。
ブルースリーもそう言ってますから。
しかし、凡人の我々、入門仕立ての子供たちにとって、その理由を解って動くのと、解らずに動くのとでは、定着率に違いがでてきます。
体を動かすのは脳。
体の器官は、脳の電気信号によって動きます。
複雑な動きには、複雑な回路の構築が必要となります。
難しい動きは、いろんな道を通らなくてはいけない。
だから、難しいんです。
いろんなパターンがある。
人は生まれた時から、いろんな場面でそのパターンを学んでいきます。
言葉を話すこともそう、歩くこともそう、食べること、排泄することもそうでしょう。
ほぼ全てのことが、脳の電気信号による命令なんです。
それをいろんなパターンで自分なりに覚えていきます。
何回も何回も繰り返すことで、瞬時に取り出せるようになること。
この動きには、このパターンというショートカットを作ること。
これが、「解る」ということなんだと、私は理解しています。
ツーアウト三塁で、セカンドゴロ、ここは考えなくてもボールはファーストでいい。
その間には、サードランナーがいても、ツーアウトだから一塁でアウトを取れば、相手の得点にはならないという、根拠、理由があります。
最初は解らなくても、何回も何回も繰り返すことで、理屈をいちいち確認しなくても即座に行動に移すことができるようになってきます。
その近道が、まず、頭で理解すること。
これだと思います。
まず、動いてみようではなく、いったん頭で整理してみること、理解してみること。
そこには、法則性や特性があることに気づくでしょう。
これが後に応用力に繋がっていきます。
なぜ、そうなるのか?
なにが、そうさせるのか?
仕組みを知ろうとすること。
どうやったら、効率よく、楽にできるかを常に考える。
地頭の良さというものは、こういうところから育つと思います。脱線しました。
まず、頭でシミュレーションしてみる。
そして、理解したことを、実際に考えて、やってみること。
これを繰り返すうちに、頭が反応し、体が反応する。考えなくても対応できるようになります。
ここまできて、やっと「できる!」ということなんです。
我々が指示しなくても、いろんな状況をふまえて、自分たちで何を優先して動くべきかを考え、チームとして、どのように動くのか?
そして、実際にやってのける。
ここまできて、やっと、「できる!」なんです。
これをふまえて、この大敗を機に、我々が選手たちに解って欲しいこと。
それは、プレー以外の部分もちゃんとやること、これだとみんなが同意しました。
むしろ、これしかない、ここしかない。
こんなチームでも、この前の大会のように、上手くいく場合もある。
勝っているとき、上手くいっているときに、声を出したり、行動を律することができるのは当たり前なんです。
しかし、今回のように試合の前から、暑さに負け、だらだらの行動、他のチームに挨拶もできない。
試合の前にすでに負けていました。いろんなところが。
そして、負けるべくして負けた。
エラーすべくして、エラーをした。
試合にエラーはつきものですが、私たちが許すのは、準備に準備を重ねた上でのエラーです。
一生懸命にやったエラーは、エラーとは言わず、チャレンジでしょう。
しかし、無策や準備無し、対策無し、不用意なエラーは許しません。
ここは、がっとばしていいところ。
このいろんな準備ができていなかったことを、今大会の最大の反省事項とします。
まず、プレー云々の前に、選手として、人としてやるべきことをやろう!
その原点に戻ります
自分の道具の準備手入れから始まり、
グランドの入り方あいさつ、用具の出し方、
整列の仕方、綺麗さ、規律、
返事の仕方、集合の機敏さ、他のチームへのあいさつ配慮、話を聞く態度などなど
一見プレーには関係ありませんが、そうではありません。
強いチームは、できています。
これができているから、プレーが上手くなって、強いチームになっていくんです。
私も反省しなくてはいけません。
目先の技術にばかり走ってしまった。
この前の大会で、少しばかり上手くいったために調子に乗りました。
選手たちを増長させて、こんなもんでいいんだ~と思わせてしまった。
試合の負けのすべては監督が負うものです。
誰がなんといおうが、選手たちをそうさせた私の責任なんです。
ここはゆるがない。ゆるいではいけません。
いろんな方法、起用法、サインの種類とタイミング、試合もそうですが、その前のアップ、用具の出し方、片し方などすべては、そうさせた監督、それを許した指揮官である私の責任です。
責任は転換できませんし、してはいけない。
遅れてきて、選手たちを緩くさせたのは私の責任。
私がコーチであったなら、そう思うはずです。
若いコーチたちは、ここを言いたかったんでしょう。
あんたのやり方ではだめだよと。
ありがたい。
ここを言われなくなったら、終わりです。
裸の王様。
そういう指導者も見てきました。
ああはなりたくねぇと思ってやってきた。
私もまだまだ。
しかし、聞く耳と変える覚悟があれば、遅いということはありません。
こういうこと、何回も繰り返しています。
その都度、いい先輩や後輩、指導者、保護者に恵まれています。支えられてきました。
完璧ではない。
完成されていないから、面白い。
80歳をこえてもまだまだ監督業から離れられない指導者の気持ちがよくわかります。
何度やっても、わからないことだらけ。
だから、面白い。
この次は、こうしよう、ああしようと、尽きない改善策がどんどん出てくる。
この子供たち、保護者、指導者と一緒に続きがみたくなってしまいます。
今回も、次から次へと言葉と考えがあふれてきます。
長い……
一旦切ります!
精神的な弱さを露呈し、自分たちの弱さを見つめ直すきっかけとなりました。
白獅子まで、わずか1週間。
しかし、人はやり直そうと思えば、遅いときなどないんです。
今この瞬間から、変わることができる。
白獅子に間に合わなくてもいいんです。
彼らが今の状況ではいけないと自覚し、変わろうとする覚悟が大事なんです。
星稜高校の山下監督の言葉。
心が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
プレー云々よりも、彼らの普段のココロノモチカタ、取り組み方を変えていくことで、彼らの行動、習慣、人格、運命を変えていきます。
なぜなら、それがプレーに表れるからです。
そして、この考え方は生き方に通じる。
たかがこどものスポ少ですが、今後の生き方に大きく関わってくるはずです。
これは、必ず役に立つ。
試合後のミーティングで、私たち指導者の全員がそう思ってくれたはずです。
子供たちに教えるとはいいますが、実はこういうところで、我々自身のことを見つめ直すきっかけをもらっているんです。
指導者も保護者も、私たち大人も子供たちから学んでいるんです。
子供たちに教える以上、私たち大人もそうであらねばならない。
当たり前のことです。
大人が行動で示し、模範となり、背中で語る。
私もなかなかできていません。
むしろ、駄目な見本の方が多いでしょう。
しかし、せめて大事なところ、人としての部分は、そうありたいと思っています。
100%の聖人君子なんていないし、そんなのクソ面白くもない。
七、八割、もっと言えば、六割くらいでいい、私はそんなスタンスです。
ともかく、大人は、特に親は、子供たちにとって、それが1番わかりやすい、身近なモデルなんです。
子供たちに変われと言っておいて、大人も変わらないなら、説得力に欠けて、絵に描いた餅となるでしょう。
大人が変われば、地域が変わります。
地域が変われば、町が変わる。
たかがスポ少ですが、スポ少ってすごいと思います。
この方針でいけば、いつか、会津の地から、公立高校から甲子園、いけるんじゃないかと密かに思っています。
あのセンバツに言った只見町の只見高校のように。
願わくば、夏の大会、強豪私立をぶち倒して、勝ち上がるところを見てみたい。
ソフトボールが、野球が、町と地域を変えていく。
いいじゃないですか!
まぁ、それは私個人の野望なので、置いておきます。
個人ではとうてい敵わない野望です。個人では。
さて、戻ります。
1回戦で早々に負けたので、二本柳に戻って練習することにしました。
その帰りの道すがら。
ココロノモチカタ、取り組み方を変える。
行動を変える。
子供たちに、どういうふうに言えば、あいさつやキビキビ行動することの大切さがわかるかを運転しながら考えました。
子供たちに教えるからには、シンプルで説得力がなければなりません。
なるほど、そういうことか!とひとりひとりの腑に落ちなければいけない。
頭で納得できないものは、結局のところ、入ってこない、身になりません。
「できる」ということは、なぜそうなるのか?そうせるのか?を頭で考えて解って、
そのうち、考えなくても即座に行動に移せて、
最後はそれを他人に説明できること、
究極には他人に解らせること、指導できること、そしてその「できる、わかる」の仲間を増やしていくこと、そういうことだと思っています。
なぜ、ゴロの捕球の際に右手をグラブの脇に添えるのか?
なぜ、ステップをとりながら捕球するのか?
なぜ、正面で捕るのか?
ゴロの捕球1つとっても、いろんな「なぜ」が出てきます。
その「なぜ」の理由、そうするのかという根拠を知らずに、動くのもいいでしょう。
まず、動け!動いている内に理解しろ!
これも時と場合によって、ありだと思います。
むしろ達人の域に達すれば、こちらなんでしょう。
ブルースリーもそう言ってますから。
しかし、凡人の我々、入門仕立ての子供たちにとって、その理由を解って動くのと、解らずに動くのとでは、定着率に違いがでてきます。
体を動かすのは脳。
体の器官は、脳の電気信号によって動きます。
複雑な動きには、複雑な回路の構築が必要となります。
難しい動きは、いろんな道を通らなくてはいけない。
だから、難しいんです。
いろんなパターンがある。
人は生まれた時から、いろんな場面でそのパターンを学んでいきます。
言葉を話すこともそう、歩くこともそう、食べること、排泄することもそうでしょう。
ほぼ全てのことが、脳の電気信号による命令なんです。
それをいろんなパターンで自分なりに覚えていきます。
何回も何回も繰り返すことで、瞬時に取り出せるようになること。
この動きには、このパターンというショートカットを作ること。
これが、「解る」ということなんだと、私は理解しています。
ツーアウト三塁で、セカンドゴロ、ここは考えなくてもボールはファーストでいい。
その間には、サードランナーがいても、ツーアウトだから一塁でアウトを取れば、相手の得点にはならないという、根拠、理由があります。
最初は解らなくても、何回も何回も繰り返すことで、理屈をいちいち確認しなくても即座に行動に移すことができるようになってきます。
その近道が、まず、頭で理解すること。
これだと思います。
まず、動いてみようではなく、いったん頭で整理してみること、理解してみること。
そこには、法則性や特性があることに気づくでしょう。
これが後に応用力に繋がっていきます。
なぜ、そうなるのか?
なにが、そうさせるのか?
仕組みを知ろうとすること。
どうやったら、効率よく、楽にできるかを常に考える。
地頭の良さというものは、こういうところから育つと思います。脱線しました。
まず、頭でシミュレーションしてみる。
そして、理解したことを、実際に考えて、やってみること。
これを繰り返すうちに、頭が反応し、体が反応する。考えなくても対応できるようになります。
ここまできて、やっと「できる!」ということなんです。
我々が指示しなくても、いろんな状況をふまえて、自分たちで何を優先して動くべきかを考え、チームとして、どのように動くのか?
そして、実際にやってのける。
ここまできて、やっと、「できる!」なんです。
これをふまえて、この大敗を機に、我々が選手たちに解って欲しいこと。
それは、プレー以外の部分もちゃんとやること、これだとみんなが同意しました。
むしろ、これしかない、ここしかない。
こんなチームでも、この前の大会のように、上手くいく場合もある。
勝っているとき、上手くいっているときに、声を出したり、行動を律することができるのは当たり前なんです。
しかし、今回のように試合の前から、暑さに負け、だらだらの行動、他のチームに挨拶もできない。
試合の前にすでに負けていました。いろんなところが。
そして、負けるべくして負けた。
エラーすべくして、エラーをした。
試合にエラーはつきものですが、私たちが許すのは、準備に準備を重ねた上でのエラーです。
一生懸命にやったエラーは、エラーとは言わず、チャレンジでしょう。
しかし、無策や準備無し、対策無し、不用意なエラーは許しません。
ここは、がっとばしていいところ。
このいろんな準備ができていなかったことを、今大会の最大の反省事項とします。
まず、プレー云々の前に、選手として、人としてやるべきことをやろう!
その原点に戻ります
自分の道具の準備手入れから始まり、
グランドの入り方あいさつ、用具の出し方、
整列の仕方、綺麗さ、規律、
返事の仕方、集合の機敏さ、他のチームへのあいさつ配慮、話を聞く態度などなど
一見プレーには関係ありませんが、そうではありません。
強いチームは、できています。
これができているから、プレーが上手くなって、強いチームになっていくんです。
私も反省しなくてはいけません。
目先の技術にばかり走ってしまった。
この前の大会で、少しばかり上手くいったために調子に乗りました。
選手たちを増長させて、こんなもんでいいんだ~と思わせてしまった。
試合の負けのすべては監督が負うものです。
誰がなんといおうが、選手たちをそうさせた私の責任なんです。
ここはゆるがない。ゆるいではいけません。
いろんな方法、起用法、サインの種類とタイミング、試合もそうですが、その前のアップ、用具の出し方、片し方などすべては、そうさせた監督、それを許した指揮官である私の責任です。
責任は転換できませんし、してはいけない。
遅れてきて、選手たちを緩くさせたのは私の責任。
私がコーチであったなら、そう思うはずです。
若いコーチたちは、ここを言いたかったんでしょう。
あんたのやり方ではだめだよと。
ありがたい。
ここを言われなくなったら、終わりです。
裸の王様。
そういう指導者も見てきました。
ああはなりたくねぇと思ってやってきた。
私もまだまだ。
しかし、聞く耳と変える覚悟があれば、遅いということはありません。
こういうこと、何回も繰り返しています。
その都度、いい先輩や後輩、指導者、保護者に恵まれています。支えられてきました。
完璧ではない。
完成されていないから、面白い。
80歳をこえてもまだまだ監督業から離れられない指導者の気持ちがよくわかります。
何度やっても、わからないことだらけ。
だから、面白い。
この次は、こうしよう、ああしようと、尽きない改善策がどんどん出てくる。
この子供たち、保護者、指導者と一緒に続きがみたくなってしまいます。
今回も、次から次へと言葉と考えがあふれてきます。
長い……
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