時に笑い、時に苦しみ、時に涙する。すべてはグランドへ。
ソフトボールを通して成長していく小学生とその保護者、スタッフの物語。
ハイキュー!!マンガが終わってしまいました。
あんなにもバレーを熱く描いたマンガがないでしょう。
バレーといわず、スポーツの切なさ、つらさ、絶望と希望を描いた面白いマンガだと思います。
アニメもいいんです。
つられてではないですが、シーズン3、白鳥沢編を見直しています。
ここは、昨年のユウキ、タイセイ、テンカイ、レントたちの戦いと重ねて見ていました。
ひとりひとりでは、勝てないような相手も、チームで当たればわずかながらの勝機を見いだすことができる。
その勝機を掴むためにはあらゆる努力と戦術を駆使してのぞむ。
変化を恐れない、リスクを恐れない。
ブロックフォローなしの全員シンクロ攻撃。100:0。攻撃に全振り、攻撃のために防御をすてる。
守りに入らない。
ひとりひとりが100%では勝てない。
120%を引き出しながら、体力の限界を超えながら、総合力で上回る白鳥沢を紙一重で上回る。
こういう戦いを昨年のイーグルスもしてきました。
過去の回想の中、落ちた烏野時代、負けて引退する先輩がこう言います。
「チャンスは準備された心に降り立つ。この先チャンスはこないかもしれないが、(お前らは準備をして)チャンスがきたら掴めよ!」
ガツンときました、この言葉に。
まさにその通りだと。
強大な敵を前にして、圧倒的な戦力を前にして、人はあきらめてしまう。
自分はできない、無理だと。
はなから、自分の可能性をあきらめてしまう人の多いこと。
別な意味で言えば、可能性ないところは、さっさと切り上げて、他の可能性をさぐることに切り替える。もしかしたら、そこに前途洋々たる未来があるかもしれない。それはそれでいいのかもしれません。
しかし、少年マンガにでてくるような、少年たちはものすごくあきらめの悪い人たち。
かっこ悪くて、最後はかっこいい。
冷静でクールな奴さえも、最後はその熱さに巻き込まれてしまう。月島しかり。
スポ少は、それを地で行きます。
最初はできなかったことが、毎回毎回の練習で少しずつ「できる」ようになっていく。
その「できる」のレベルを広げ、精度を深めていく。
要領よく上手くなっていくのを天才といい、何回やってもできないのを、どんくさいという。
その真ん中くらいを凡才といいます。
世の中の圧倒的多数は、凡才かそれ以下なんです。天才はほんの一握り。
そういう集団はほとんど穴という穴はない。
体も大きい、運動神経もセンスも良い。
ほぼ弱点はないんです。
だから、強豪とよばれるんです。
それを、どうやって倒すか?
私は、それを20年以上かけて考えて実行してきました。
同じような戦い方では、相手に一日の長がある。
そして、同じ路線を歩み限り、いつまでも追いつけないし、差が開くばかり。
やり方を変えるしかない。
全体をまんべんなく伸ばすのではなく、その子の個性に全振りする。
そして、それを有機的に繋げていき、チームとして昇華していく。そうやって絶対的な個を上回ろうとする。
まさに、烏野高校バレー部のやり方なんです。
烏の集団が猛禽に勝つ!
ほんと、ぎりぎりもスレスレなんですが、残りヒットポイント1くらいで、相手の攻撃をかわして、会心の一撃で勝つ、そんな戦いです。
私もこのハイキューに影響されました。
リスクをとらなければ、見返りはない。
自分たちよりも強い相手ならばなおさらです。
そして、まんべんなく能力をのばすのには、才能も不可欠だし、時間がかかる。
全員がタレント集団だと言うチームは皆無でしょう。
あるわけがない。
その子の伸びそうな個性に全振りする。
他は目をつぶる。
普通にやれば、飛車に桂馬は勝てない。
角に香車は勝てない。
ただ、ある特定の場面ならば彼らはその才能を遺憾なく発揮できる。
その場合、相手が龍王(飛車が成った奴)であろうが、龍馬(角が成った奴)であろうが倒すことができる。
その状況をチーム全体で作り上げていく。
これが、烏野バレー部に影響された美里イーグルスの戦いです。
リスクを恐れない。
アウトになること、三振すること、盗塁死することを恐れない。
仕掛けられることを待つのではなく、先に仕掛ける。
強者に主導権を渡さない。
自分たちの間合いで戦う。
そうやってやってきました。
今年の白獅子、関係者のご尽力のお陰でなんとか開催にこぎつけることができました。
ありがたい。本当にありがたい。
ソフトボールをやる少年少女たち、その保護者にとって、試合ができること、大会ができることというのは、自分たちがやってきたことを全力でチャレンジできるということです。
端から見れば苦労にしか見えない事でしょうが、その苦労をしたくてしたくて仕方がない。
それは、その苦労の先にチーム全体でつかみとることができる達成感があることを知っているからです。
あの一体感。
選手はもちろん、指導者、保護者、全員があの一体感に包まれる幸せな時間。
この時間は、チームのひとりひとりにとって、かけがえのないものになり、必ずその後の人生を支えてくれるはずです。
私は、そう信じています。
生きていく上で、みんな何かしらのしがらみがあります。
その上で、できる限りの準備をする。
またはそれを心がける。
誰しもの上には、勝利の女神は舞い降りてくれません。
ただ、チャンスは準備された心に降り立つ。
これは間違いない。
準備された心。
その心が育つように、選手、保護者、指導者で準備をしていきます!
まってろ!白獅子!
あんなにもバレーを熱く描いたマンガがないでしょう。
バレーといわず、スポーツの切なさ、つらさ、絶望と希望を描いた面白いマンガだと思います。
アニメもいいんです。
つられてではないですが、シーズン3、白鳥沢編を見直しています。
ここは、昨年のユウキ、タイセイ、テンカイ、レントたちの戦いと重ねて見ていました。
ひとりひとりでは、勝てないような相手も、チームで当たればわずかながらの勝機を見いだすことができる。
その勝機を掴むためにはあらゆる努力と戦術を駆使してのぞむ。
変化を恐れない、リスクを恐れない。
ブロックフォローなしの全員シンクロ攻撃。100:0。攻撃に全振り、攻撃のために防御をすてる。
守りに入らない。
ひとりひとりが100%では勝てない。
120%を引き出しながら、体力の限界を超えながら、総合力で上回る白鳥沢を紙一重で上回る。
こういう戦いを昨年のイーグルスもしてきました。
過去の回想の中、落ちた烏野時代、負けて引退する先輩がこう言います。
「チャンスは準備された心に降り立つ。この先チャンスはこないかもしれないが、(お前らは準備をして)チャンスがきたら掴めよ!」
ガツンときました、この言葉に。
まさにその通りだと。
強大な敵を前にして、圧倒的な戦力を前にして、人はあきらめてしまう。
自分はできない、無理だと。
はなから、自分の可能性をあきらめてしまう人の多いこと。
別な意味で言えば、可能性ないところは、さっさと切り上げて、他の可能性をさぐることに切り替える。もしかしたら、そこに前途洋々たる未来があるかもしれない。それはそれでいいのかもしれません。
しかし、少年マンガにでてくるような、少年たちはものすごくあきらめの悪い人たち。
かっこ悪くて、最後はかっこいい。
冷静でクールな奴さえも、最後はその熱さに巻き込まれてしまう。月島しかり。
スポ少は、それを地で行きます。
最初はできなかったことが、毎回毎回の練習で少しずつ「できる」ようになっていく。
その「できる」のレベルを広げ、精度を深めていく。
要領よく上手くなっていくのを天才といい、何回やってもできないのを、どんくさいという。
その真ん中くらいを凡才といいます。
世の中の圧倒的多数は、凡才かそれ以下なんです。天才はほんの一握り。
そういう集団はほとんど穴という穴はない。
体も大きい、運動神経もセンスも良い。
ほぼ弱点はないんです。
だから、強豪とよばれるんです。
それを、どうやって倒すか?
私は、それを20年以上かけて考えて実行してきました。
同じような戦い方では、相手に一日の長がある。
そして、同じ路線を歩み限り、いつまでも追いつけないし、差が開くばかり。
やり方を変えるしかない。
全体をまんべんなく伸ばすのではなく、その子の個性に全振りする。
そして、それを有機的に繋げていき、チームとして昇華していく。そうやって絶対的な個を上回ろうとする。
まさに、烏野高校バレー部のやり方なんです。
烏の集団が猛禽に勝つ!
ほんと、ぎりぎりもスレスレなんですが、残りヒットポイント1くらいで、相手の攻撃をかわして、会心の一撃で勝つ、そんな戦いです。
私もこのハイキューに影響されました。
リスクをとらなければ、見返りはない。
自分たちよりも強い相手ならばなおさらです。
そして、まんべんなく能力をのばすのには、才能も不可欠だし、時間がかかる。
全員がタレント集団だと言うチームは皆無でしょう。
あるわけがない。
その子の伸びそうな個性に全振りする。
他は目をつぶる。
普通にやれば、飛車に桂馬は勝てない。
角に香車は勝てない。
ただ、ある特定の場面ならば彼らはその才能を遺憾なく発揮できる。
その場合、相手が龍王(飛車が成った奴)であろうが、龍馬(角が成った奴)であろうが倒すことができる。
その状況をチーム全体で作り上げていく。
これが、烏野バレー部に影響された美里イーグルスの戦いです。
リスクを恐れない。
アウトになること、三振すること、盗塁死することを恐れない。
仕掛けられることを待つのではなく、先に仕掛ける。
強者に主導権を渡さない。
自分たちの間合いで戦う。
そうやってやってきました。
今年の白獅子、関係者のご尽力のお陰でなんとか開催にこぎつけることができました。
ありがたい。本当にありがたい。
ソフトボールをやる少年少女たち、その保護者にとって、試合ができること、大会ができることというのは、自分たちがやってきたことを全力でチャレンジできるということです。
端から見れば苦労にしか見えない事でしょうが、その苦労をしたくてしたくて仕方がない。
それは、その苦労の先にチーム全体でつかみとることができる達成感があることを知っているからです。
あの一体感。
選手はもちろん、指導者、保護者、全員があの一体感に包まれる幸せな時間。
この時間は、チームのひとりひとりにとって、かけがえのないものになり、必ずその後の人生を支えてくれるはずです。
私は、そう信じています。
生きていく上で、みんな何かしらのしがらみがあります。
その上で、できる限りの準備をする。
またはそれを心がける。
誰しもの上には、勝利の女神は舞い降りてくれません。
ただ、チャンスは準備された心に降り立つ。
これは間違いない。
準備された心。
その心が育つように、選手、保護者、指導者で準備をしていきます!
まってろ!白獅子!
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