忍者ブログ
MASTER →  ADMIN / NEW ENTRY / COMMENT
時に笑い、時に苦しみ、時に涙する。すべてはグランドへ。 ソフトボールを通して成長していく小学生とその保護者、スタッフの物語。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

いつも他のチームと戦っていて思います。
特に強いチームに多いんですが、ベンチにいる学年の低い選手、1塁や3塁コーチャーに立つ選手、みんな声がでている。
我がチームより人数の少ないチームであってもその声に圧倒される。
チームの強い弱いはどうあれ、腹のそこから声を出しているチームってのはやっぱいいですよね。見ていて気持ちがいい。
我がイーグルスは・・・
そういうチームとはいえません。
どこかに、恥ずかしさやめんどくささ、ふっきれていないものがあるし、なにより試合に対する集中力がない
応援は試合を的確に集中してみていないとできません。
「どうせ俺は試合にでないから、関係ねぇや。」の精神が蔓延している。
それは、われわれ指導陣の責任でもあります。
どうしてもプレーや技術を優先してしまう。
そういったところまで、徹底して教えてこなかった。
でもこれってわれわれが教えるものなんですかね?
そういうものってやはり、先輩から後輩に引き継がれていくものだと思うんです。
それができない以上、やはり教えていくしかないんでしょうね。
どうしていいかわからない。何もしない。暇になる。飽きる。遊ぶ。このパターンです。
そうならないように、応援の責任者を決めて具体的な指示を出しながら、自分たちだけでできるような方法を考えたいと思います。

この前読んだコラムで、聖光学院のことが書いてありました。
聖光学院では、ベンチに座る人は誰一人いないそうです。齋藤監督は座れといっているそうですが誰一人座らない。
全員で仁王立ちになり、少しでも前にでて全力で応援する。打席に入った仲間へ「念」を送る。
非科学的で、現実的でないかもしれませんが、いてもたってもいられない気持ちがそうさせる。
「野球の考え方が、人生論がベースになってるから、みんなそういうふうになってくれる。」と齋藤監督はいいます。
たとえ座っていても、いい結果はでるだろう。しかし、迷信かもしれないし、なんの根拠もないかもしれないが、立って仲間の応援を全力でする人間性。
それが、野球をするベースになってくれているということだと思います。
この部分に関しては人情論や根性論ですが、そうであってもいいと、言い切っています。
実践するかしないかは別として、そういう気持ちが大事なんだということだと思います。
それが結果として出たが、昨年の県大会決勝戦、対日大東北戦、9回4点のビハインドで2死から逆転劇で甲子園への切符をもぎ取ったあの一戦。
ベンチに座っていてもそうなったかもしれない。だけど、全力で仲間のために応援する、そういう気持ちが積み重なった結果があの試合だったとコラムではいいたかったのだと思います。


私も何も座るなとはいいません。
夏のクソ暑い中にベンチに帰ってきたときくらいは休めといいます。
だけど、損得勘定なしで、仲間のために全力で応援するという気持ちは大切だと思います。
その形が、試合の動静を見守り、大声で応援するということ。
そういう伝統をもう一回ちゃんとできるようにして、受け継いでいって欲しい。
人を応援することは、自分も応援されるということです。
個人が線でつながり、面となって、円になる。
それがチームワークなり、チーム全体の底上げにつながる。
そんなチームになってくれたとしたら、どんなにいいでしょう。
大事なのは負けている状況でもそれができるか?
勝っているときに調子よく声をだすことは容易です。
しかし負けている時は意気消沈になりやすい。
だけど、負けているときこそ最後までやりきって欲しい。
全員が勝利を疑わずに一心不乱に、仲間を応援できるようなチームになってほしい。
たとえそれで負けたとしても、いいんです。
そういう思いでいる人間が成長しないはずないじゃないですか?
それが我々の願いです。

PR
≪  434  433  432  431  430  429  428  427  426  425  424  ≫
HOME
カレンダー
05 2025/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
フリーエリア
プロフィール
HN:
高田イーグルスコーチ
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ [PR]